お久しぶりです、すっかり季節は夏ですね!
ブログの更新は三ヶ月ぶりですが、実は続きは書き溜めてました。
それからオフ活動の準備も隠れてもさもさと。そちらは近いうちにアナウンスしようかと思ってます。
さてはて、大変ながらくお待たせしました。
長編もいよいよ後半戦、ここからが勝負どころの長丁場。
これよりバトルスタートです。
【07:開場、宴のしこみ】
昼下がりの胡乱なまどろみを、斬り裂くような異聞がよぎった。
快刀乱麻をするりと断つトップニュースによれば、事態の未収束を憂いて一人の傑物が名乗りをあげたらしい。
事態――、それ即ち、学内を縦横無尽に跋扈する、かの有名な一大事件である。ダークグレイの制服を纏う多感な少年少女の間では、悪名高き極小野球チームの内乱であるとか、棗恭介氏の企てた謀反であるといった様々な憶測が四方へ飛び交っていた。
花がひらくたび、何かが始まる予感がはずむ春の日にはうってつけのインスタント・ショーの到来に、世論は外周へと放射線状に色めいていく。噂話一つ、廊下で囁くごとに人から人へ、教室から教室へと伝播し、やがて学園の敷地を沸き立つ好奇と期待の眼差しで染め上げていく。
対する警告は甘く、パステル色のレモンイエロー。花咲くショッキングピンクの華やぎに、胸には焦れた背徳を躍らせて。
卒業式間際の切ない鎮静がたちまちタマムシ色に塗り変えられていく。
そして誰もが時を待った。黒板のわずか頭上に鎮座する壁時計に穴を空けて、時計の秒針を代わるがわるに見張りながら。
『棗恭介へ。バトルを申し込む。決闘時刻は午前一時、十五分前。体育館にて。――ヒーローは必ずやってくる。』
* * *
「斬りすて御免っ、なのです! かくごしてくださいっ」
体育館の高い天井に、クドの精一杯の脅迫が響いてこだました。
このまま舞台袖から見守っている計画のはずが、今にも駆け出したくなる衝動が跳んでギリギリの直前で抑え込む。ここで走ってしまったら、もうすべてが台無しだ。
助けに行けないせめてもの償いに、僕はクドの背中から目を逸らさない。肩越しに見えるの相手の表情を視界の一角にとらえながら。
舞台上にはまるで影の長短を比べるように二人の細身が対峙していた。
短い影はクド。能美クドリャフカ。僕らリトルバスターズの最後の切り札にして、最小の天駆ける衛星。宇宙へのあふれる夢を乗せたロケットは空に向かって今こそ、飛ぶ!
……と、いいなあ。本当に。うん、すごく。
「自分で送り出しておきながら心配か。……お前らしいといえばらしいがな」
背後から声を掛けてきた相手は確認しなくたって瞭然だ。
試合で場数を踏んでいるからだろうか、落ち着きはらって泰然と立っていた。なだらかな湖面に波紋ひとつなく着地してみせる、そんな印象を思う。
「あいつなら大丈夫だろ。信じてやれよ」
右の肩の裏方から、力強い頷きが僕の背中を軽く打つ。真人だ。
……配置についてって、全員に言ったのにな。
「うん……、そうだよね」
クドに聞こえるか、聞こえないかくらいの声量を意識して、呟く。
二人に振り返ることはしなかった。
小さな背中に想いを託して、無言の声援が三倍に膨らむ空気を感じる。
大丈夫だ、クド。その足が震えたって、君の不安もここで僕らが肩代わりするんだ。僕の最強の幼馴染だって、豪腕必勝のマッスルメイトだって、君を応援しているんだから。僕らが負けるはずなんかない。……たとえどんな過酷が相手でも。
向かう一人と、確かな二人の存在にふと、疑問がよぎった。――優しさと厳しさを謳った、あの世界一の強敵に向かった時、彼らはどんな気持ちだったのだろう。
夢のような世界は終わってそれでも僕らの時間は地続きだった。学生服姿で浸る教室の喧騒はきっと有限だから、途切れないうちにキミにもいつか訊けたらいい。大人になろうとつま先を立てる、一巡遅れた春の停車駅、小さな列車の出発時刻を迎える前に。
一方で僕がどんなに情けなかったかなんて、話すまでもないだろうけれど。例えばそう、膝を折って涙した日は何度あっただろうか、きっと両手じゃ数えきれない。
初夏が閉じる暗い部屋で、春を待つ除夜の街角で、泣きついてしまいそうだった自分が背筋をすっと伸ばす。
――来たよ。今度は、上手く笑えているだろ?
途端、スポットライトが着火した。
剥き出しに浴びせかかる一斉の照明に、長い影が伸びる。すらりと長く、それでいて無駄のないラインの痩身の男。少女の白い帽子の頭越しに、一瞬、僕を見た気がした。
「遅れてきたってのに、大層なお出迎えじゃないか。能美、お前が俺の対戦相手か?」
恭介。棗恭介。――リトルバスターズの元リーダー。
笹瀬川さんと別れてクドと合流したその日の放課後、僕はバスターズの仲間たちを部屋に集めた。
集まったのは、鈴、真人、謙吾、小毬さん、来ヶ谷さん、クド、葉留佳さん、西園さん、そして僕の計九人。この人数を男子寮の一室に押し込む無茶をしてまで集結させたのは、他に場所が思いつかなかったからだけど、結果としては良かったのかもしれない。
漫画本が散らかり放題な恭介の部屋ほど荒廃していないにしても、僕と真人の二人部屋はそこまで広くはない。とくに真人のスペースに置かれた、ダンベル、鉄アレイといった筋力トレグッズは、あれで意外と場所をとるのだ。どう考えても、量が量なせいだけど。
かろうじて人が座れる余白にできた窮屈な過密状態のせいで、全員に声を届けるには程よい近さが保たれていた。
「さて。有無を言わさぬ招集のメールに、こうしてこぞって集まったわけだが」
「みんな居るんだね~。私、びっくりしちゃったよ~」
小毬さんの発言に疑問を覚える。
メールは一人を除いてバスターズのメンバー全員に一斉送信したはずだ。
僕らの集まりと所縁の深い、二木さんと笹瀬川さんには迷ったけれど、知らせずにおいた。仕事熱心な風紀委員長と、ソフトボール部のキャプテンだ。放課後は忙しいにきまっている。二木さんに問題解決への啖呵を切ってしまっていたのも手伝って、今回の件に二人の手を借りることは渋る気持ちが強かった。
「『放課後、僕の部屋に来てほしいんだ。』……このメールの文面、どう思います、奥さん? はるちん的にはちょーっと配慮が足りてないんじゃないかなぁと辛口カレーな採点しちゃいますヨ」
「わ、わふ……。わたしもびっくりしてしまいました……」
「ああ、実は俺もだ……」
「宮沢さんまでも誤解に陥れる直枝さん……。確信犯、ですか……?」
歓迎したくないタイプのあらぬ誤解を生んでしまっていた。
午後の授業開始間際に急いで打ったのが災いしたなぁ……。
「メールなんかどーでもいい。だいたい連絡きてたの、あたし、さっき気づいたぞ」
「お、鈴もかよ。俺もついさっきメールに気づいたぜ」
「お前と一緒なんていやじゃーーっ!! ぼけー!」
「ぐほっ、ずびまぜんっ!!」
鈴の容赦ゼロの蹴りを受けて屈強な体躯が悲鳴をあげる、真人が理不尽な暴力に遭っていた。毎朝の活劇と変わらないとはいえ、理由が余りにあんまりなだけに悲惨だ……。
鈴を止めようかと迷ったところで、ふと、来ヶ谷さんと目が遇う。他に、クドと西園さんとも。こういう局面で常に騒がしい方に加担する葉留佳さんも、今は黙っている。
ああ、そうか。……今僕がすべきことは、既に分かり切っていた。
「ええっと、こうしてみんなに集まって貰ったのは他でもなくて……」
「恭介氏のことか」
「恭介さんのことですネ」
間髪入れずに来ヶ谷さんと葉留佳さんが先回りする。
台詞を取られる、ってこういう状況のことを言うのかもしれない。出来るものならその先まで続けて欲しかった。先を急かす催促はない。続きを言いよどむ口に、照れを隠そうと苦笑いがこみ上げる。
短い沈黙に、ふっと席を立つ袴姿があった。
「理樹、何を憂いているんだ?」
「謙吾……?」
内心、僕はギクリとする。胸に巣食う不安を見抜かれたような気がして、外光を遮るカーテンの方へと視線をずらす。
武道の道を進む者の心得なのだろうか、謙吾はいつだって誰が相手だって、その人の弱味を履き違えない。
「胸を張れ。今はお前が俺たちのリーダーだ」
……その上で、誰より強固な支えになろうとしてくれる。公明で正大な、僕の幼馴染の一人。
周りをあおげば、じっと黙って僕を見る、八人分の瞳。――待っていてくれている。
教室で廊下で校庭で学校中で、名前も知らない誰かに期待と好奇を向けられるたび、逃げ出したくなったのに、ここで行き場のない緊張に戸惑うことはない。彼らの表情、そこに穏やかに吹く信頼の色が見て取れるだけで、僕の心は緩やかに凪いでいく。
息を吐く。立ち上がる。そして、深呼吸。
ごめん。僕は今まで、息を荒げて走ったことが、きっと少ないんだ。綺麗なフォームで駆ける自信はないけれど、受け取ったバトンは落とさないから。
「みんな、僕がこれから言う作戦をよく聞いてほしいんだ。……この作戦で、恭介を迎え撃とうと思う」
説明を終えると、しんと内に籠った沈黙が降り立った。暗い顔をして、クドが俯く。
「わふ……たいへんな大役を任されてしまいました……」
「もちろん、僕はクドの意志を尊重したいと思ってるよ」
「リキ……。のーぷろぶれむ、ですっ! 不祥クドリャフカ、せいいっぱい、やらせていただきますっ!」
顔をあげて、溌剌と意気込むクドの様子にほっとする。明るく元気いっぱいで、八重歯を見せて軽やかに跳ねるいつもの彼女だ。
……ありがとう、クド。これで第一段階はクリアだ。
「うみゅ……、いいんじゃないのか?」
「うんっ。わたしも賛成だよ~」
「なるほどナルホドー。そうきちゃったかー。異議なーし!」
続けて、鈴、小毬さん、葉留佳さんが頷く。
「恭介さんを他の人の手に渡す訳にはいきませんしね。直枝さんの独占欲、ヤンデレ攻め……いけます」
西園さんは……、もう弁解するのも面倒だからそれでいいよ……。
後半、彼女がなにが言いたいのかよくわからない。
「理樹君の作戦だと、我々が恭介氏に挑戦状を叩きつけたことを一般生徒にも広く知らせる必要があるな」
冷静に次の手を講じる準備をするのは、来ヶ谷さん。
それは僕も考えていた。具体的な策がないかと案じていたところで、ピンクの尻尾がくるんと回って飛び出す。
「こっちも仕返しにビラ配っちゃうのは? イタズラならはるちん張り切っちゃいますヨ!」
葉留佳さんの提案を皮切りに、次々と声が上がり始める。
「それと……、インターネットでも公表できたら有力でしょうね……。恭介さんのサイトをクラッキングできないか科学部の人たちに頼んでみましょう」
「ふむ、私も放送委員の権限も存分に行使するとしようか。なに、案ずるな。この私がやったことに対して目くじらを立てられる者などいない。無論、居ても潰すがな」
「ようしっ! わたしも友達に言いふらしちゃうよ~!」
「こまりちゃんっ! あたしも……手伝う」
「俺は筋肉路線でつきすすむぜ。他でもない理樹の頼みだからな、ほふく前進で廊下を進みながら大声で宣伝してやらぁ!」
「うわあっ! 真人! そんなに無茶しなくてもいいから!!」
「馬鹿は放っておくとして、だ。今夜のうちから動き始めたほうがいいだろうな。理樹、決行はいつにするんだ?」
謙吾の促しに、僕は作戦の続きを話し出す。
気が付けばもう、溢れだそうとする言葉が我慢できずにどんどん押し寄せてくる。
「明日……だどさ、確か午後からは卒業式の準備で、授業が中止になってたよね?」
「委員会に所属している者、そして一から二学年の各クラス委員は強制参加。それと若干名の有志を率いて、生徒会主導で行う、と聞いているな。……といっても、私はサボる予定だ。それが、どうかしたのか?」
流石は来ヶ谷さん。話半分に聞いていた担任教師からの連絡事項も、正確に記憶しておいてくれた。確信を得て、胸の内で自信が膨らみ始めるのを覚える。
「卒業式の準備開始が、午後一時から……だったと思う。その前なら自然と体育館に人も集まるはずだよ」
「恭介氏に逃げ場はない、ということか」
「つまり、衆人環視の元で恭介さんを……、直枝さん……。グッジョブ、です……」
西園さんがいつにないほど良い笑顔なのは気のせいだろうか。心なしか、頬紅もほのかにカチューシャの赤へ近づいている。
何かを企むとき。それは常に危険とリスクに板挟みで、ジレンマに拗れる心はぶるぶると摩耗していく。それでも、リスクを冒さなきゃ飛べない時があったら、君は、僕は、どうしてきただろう。
僕を覆う殻を割って飛び立とうと、今、助走をつける。
「決闘は明日。午後一時、十五分前。場所は、体育館の舞台上。……これで間違いないはずだ」
夕食の席にもちろん恭介の姿はなかった。
空席を傍目に見ながら、思う。就活へ、諸国漫遊へ、旅へ出た恭介が戻ってくるまでの間、彼の席は空けておくのが、僕らの間に敷かれた無言のルールだった。
この春から先、埋まることのないその席の処遇はまだ決まっていない。
そして、夕食後。トレーニングに出かけた真人と別れた後。
一人で部屋へ戻ろうと男子寮の廊下を歩いていると、一人の女生徒と遭遇した。
扉の前で待ち構えていた彼女は、僕を見つけると厳しい顔を投げる。
「それで、どうしてクドリャフカ君なんだ?」
自室へ帰るのを阻むように屹立する、その人物――来ヶ谷さんが尋ねた。
人のいない時間を狙って会いに来たかと思えば、そうきたか。
教室での振る舞いを知っている人にはそうは見えないかもしれないけれど、彼女はこう見えても情に熱い。仲間想いなんだ。そういえば、納得をまだ貰ってなかったな、と思い出す。
「単純な消去法だよ。順当にいったらクドにしか頼めないんだ」
正直、口上は苦手だ。それでも、ここで彼女を説得できる理由が足りなかったら、なにも始まらない。頭の中で組み立てていた考えを声に出して、一つずつ、整理をつけていく。
「まず、僕と真人、謙吾ともちろん鈴。僕ら四人は最初に除外しておかないとね。付き合いだけは長いからさ。正直、あの恭介を欺ききれる自信は誰にもないよ」
来ヶ谷さんが、うむ、と首を縦に振る。ひとまず、反論はなさそうだ。
「次に来ヶ谷さんだけど、恭介の相手をしてもらうには一番妥当な配役だと思う。でも、だからこそ駄目なんだ」
「恭介氏に本気を出されては困る、ということか」
クレバーな回答だった。この人、本当に頭の回転が速いよな、と思う。
これから僕が言うことくらい、既に予想がついているのかもしれない。それでも、彼女は訊きに来た。だから僕も丁重に応じる。
「そういうこと。仮に来ヶ谷さんが対戦相手だったら、間違いなく嬉々としてかかってくるよ……。西園さんは、来ヶ谷さんとほとんど同じ理由で却下……かな」
「科学部部隊のバックアップがついた西園女史は凶悪だからな」
これで残るは一人。最後の一人の可能性はあっさり伐れる。
「それから葉留佳さんは……本番で何をやらかすか分からないしね」
「つまり。恭介氏の出端を挫いて油断させるという目的を完遂する為、クドリャフカ君が囮役になる、という舞台構成が最良の配役である、と」
それが結論だ。来ヶ谷さんの、凛々しくつくられた無表情からは、感情や意図は汲み取れない。
そのせいか、ついつい余剰を好む言葉が口をついた。
「……まあ、そうなんだけどね」
「含みのありそうな言い草だな。本来の動機は別にあるとでも?」
思わず、はにかむ。これは秘めておくつもりだったのだけれども。
僕はとことん、隠しごとをするのは向いていないみたいだった。
「最大の理由は、チーム内で一番勝ち目がなさそうなクドが強敵である恭介の前に立ち塞がるほうが……展開的に燃えるから、かな」
来ヶ谷さんの反応を窺うと、今度こそは整った顔のパーツを呆然と崩していた。
彼女のこういう余裕のない顔は珍しい。してやったり、なんて思ったり。
「……呆れたな。一体、誰に似たんだ?」
「案外、来ヶ谷さんかもよ?」
「違うな。私だったら『萌える』展開の方が遥かにお好みだ」
言われてみるとその通りなのかもしれない。彼女の言う『もえる』がどういう意味か、正確に把握しているわけじゃないけれど。
夜を越え始める廊下で、来ヶ谷さんがふっと笑う。
そこに非難の色はなく、呆れたような優しさで、僕に向かう。
「理樹君。君はなんというか、罪な少年だな。……だが、私はそんな君も嫌いじゃないぞ。むしろ歓迎してやろう」
相変わらず、どこか上から目線で、尊大に構えていて。
ふと、僕と彼女の目線の高低、その違いに気がつく。似通っていた二つの高さは、わずかに、ほんの数センチほどだけれど、確かな差異が生まれていた。
……身長、少しは伸びたのかな。背の高い幼馴染に囲まれて、鈍足な成長期に長く焦らされてきた。それだけに、この小さな違いは誇らしい。
「お話は済みましたか?」
突然、見つめ合った僕ら二人の間に割って入る声があった。
思わずびくりと飛び上がる。危うく、情けない叫びをあげるところだった……。
今朝の食堂での唐突な登場といい、この人、気配を殺す才能でも持っているのか? あの来ヶ谷さんまでもが額に汗を浮かべて、彼女に向き直る。
「――美魚君か。今宵の理樹君は、美少女ばかり部屋まで夜這いに訪れて……モテモテだな」
「来ヶ谷さん……。冗談にしても言っていいことと悪いことがあります。……直枝さんとなんて、ありえません」
そしていつでも西園さんは容赦なかった!
いきなり登場して、いきなりバッサリ伐られる破目になろうとは僕だって予想外だ。
「まあいいさ。邪魔者は退散するとしよう」
辛辣な言葉に刺された僕に助け舟を出すこともなく、来ヶ谷さんは立ち去っていく。長い黒髪が流れる後姿はひらひら手を振って……。
うあああ……、この状況で二人きりにしないでほしい……。
挙動がぎこちなくなるのをひしひしと感じながら、西園さんに向き直る。
「こ、こんな時間にどうしたの? 西園さんが一人でこっちまで来るのは、めんっ、珍しいよね……?」
噛んだ。対する彼女は、涼しい顔。
……やばい、めげそうだ。
「ビラと、それから挑戦状の草稿が完成したので、直枝さんにお見せしようかと思いまして……」
それならメールで送ってくれれば、今夜中でも十分返信できたのに。そう、喉元まで言葉が上ってきたのを留める。
理由なら分かっていた。文明の利器に頼らず、自身の足で稼ぐのは西園さんにとっては日常茶飯事だった。なぜなら、彼女は機械操作が不得意だから。
「あれ? ビラの担当って葉留佳さんじゃなかったっけ?」
「三枝さんに押し付けられました。本をたくさん読んでいるからといって、文章作成が得意、という訳ではないと思うのですが……」
口ではそう言いつつも、一匙の機微がゆらめく彼女の表情は嬉しそうに見えた。
三枝さん、もしかして、これは計算づくの行動なのかな。突拍子のない彼女のことだから、こんな結果が見て取れるとまでは知らないのだろうと思うと、なんだか微笑ましい。
西園さんが茶封筒から取り出した原稿用紙を受け取る。律儀にこういう紙に書いてくるのは彼女らしくて、三枝さんによる向こう見ずな抜擢は間違いではなかったんじゃないかと思う。適材適所、という意味だ。
「広報部の仕業を装って、新聞を書いたら楽しそうだ……と三枝さんが言っていたので。といっても、私の専門はどちらかというと文学ですので……。困ったものです」
原稿用紙は二枚あった。一枚は、新聞記事(?)を模した文章。そして、二枚目は簡潔な挑戦状。
どちらもビラとクラッキングした恭介のサイト、両方に掲載する予定らしい。
「西園さん。……この記事、ちょっとやりすぎじゃない?」
「いえ。どうせならこのくらいしないと説得力に欠けてしまいます。……私達の学園に広報部は存在しませんから」
散文調というか、戯曲的というか……かっこつけすぎで恥ずかしいというか。
これ、いいのかなぁ。あいにくと文章の巧拙はうまく批評できなくて、返答に困ってしまう。
「それと、恭介さんへの挑戦状ですが……、直枝さんの方から何か追加しておきたい文言はありませんか?」
日時と場所の指定と、恭介へ宛てたことを示す名前。それでおおむね、問題なさそうだけれど。他になにかあるかな? と考え込む。
……僕から恭介へ、伝えておきたいこと、か。
妙案ではないかもしれないけれど、頭の中でアイデアが披く。……じゃあ、一つだけ。
「『ヒーローは必ずやってくる』、これだけお願いするよ」
(つづく)
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