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Mission × Mission 【05:邂逅、チャイムウィルリング】

5話。ちょうど前回からの続きです。
諸事情で更新が遅れましたが、じわじわ再開していければ。

今回は葉留佳と佳奈多と真打ち登場。仲睦まじいはるかなはよいものです。

佳奈多について。
今回のアフター話では、佳奈多が三学期まで風紀委員を続けています。
佳奈多ルートのテキストによれば夏には引退みたいなのですが、それって要するにリトバスメンバーが通っている学校では半期で委員会が再構成されるのかなと思っていて、だとしたら二年生の佳奈多が後期も風紀委員に立候補する可能性はなくはないかな……と。
まあ……そこはご都合ですよ、ご都合! 風紀委員長かなたんもえ!ってことです!
一応ちゃんとした理由は考えてあるけれど今回のはなしには全く関係ないので割愛しますね。



【05:邂逅、チャイムウィルリング】





「それ、おかしーデスヨ」

 唖然とする僕ら三人の背後で、変則的なツインテールの頭がにゅっと生えた。それはまさしく、生えてきたという表現が適切だった。真人の面積の広い背中から、足音も無いのに唐突に現れたのだから。
「……恭介の頭がおかしいのは今に始まったことじゃねぇけどな。……って今の誰だ?! 理樹か?! いつの間にそんなさえないいるかみたいな声になっちまったんだ?!」
「いやいやいや、真人、後ろうしろ!」
 焦るあまり、ゴールデンタイムに全員が集合する定石を踏襲したツッコミになってしまった……。ちょうど真人が振り向いたところで、件の張本人は全身で謎のポージングを取りながら、くるりと回り出てくる。
「呼ばれて飛び出てはるちんさんじょーう! ありゃ、呼んでない? そこは聞きっこなしですヨ、旦那」
 葉留佳さんの場合、呼ばれてなくても勝手に教室に参上するのが常になっている、と思ったけれど、しょ気られると厄介なので黙っておこう。騒がし乙女の登場でそのまま宙返りしそうな空気を、僕と謙吾で軌道修正をこころみる。
「三枝、先程のおかしいというのはどういう事だ?」
「ん、そのこと? 恭介さんの頭の中がお花畑っていう話題じゃないから期待には答えられないかなぁ」
「それは百も承知だから大丈夫だよ……。だてに長年幼馴染やってないっていうかさ」
「そいえばそうだったのだ、失念しちゃってましたよ。……あのね、おかしいっていうのは、実はですネ。不詳はるちん、理樹くんの下駄箱の中身は毎朝チェックしているのですヨ」
「そうか。続けてくれ」
「うん、続けて……欲しいけど、既におかしいよね?! 今さらっと怖いこと言ったよね?!」
「気にするな、理樹。俺も部の朝練で一緒に来れない時はさり気なく検見している」
「あ、そっか。ならいいや。……って、たまに下駄箱に入れた靴が絶妙に揃えられてる気がしたのってもしかして謙吾の仕業だったの?! 十年来の真実が今明らかに?!」
「お前は基本律儀な方だが、時々いい加減に靴を入れることがあるからな」
「おおい、謙吾さんよ。何してくれてんだよ……!」
 そうだ、真人、もっと言ってくれてもいい。キツネの仕業なら後で栗や山菜が届くんじゃないかと期待していたけれど、一向にその気配もなく恐くなった僕は妖怪クツヲソロエールとかそういう類が伝承に無いかと市内の図書館まで調べに行ったこともあるのだから!
 最近はもうそういう現象なのだと受け入れ体勢が出来ていただけに、突然の凶報もいいところだ。
「理樹の下駄箱の中身なんてよ……俺だって見たことねぇよ!!」
「気にするのそっち?!」
 二人に下駄箱を捜索されている僕の身の心配をしてくれるどころか、更に心配事が増す問題発言だった。
「まあまあ、理樹君の下駄箱の中身は気にしなくても、この二年間でラブレターとか入ってたこと一度もないですから」
 葉留佳さん、さらっとひどい……。
「待て、今なんと言った」
「謙吾、そこはリピートして傷を抉るところじゃないから!」
「え? ラブレターとか一度も……」
 これはもう、公開処刑だ! えげつない、えげつなさすぎる。どうして僕は朝から相当の辱めを受けなきゃいけないんだ、しかも女生徒から。来ヶ谷さんといい、葉留佳さんといい、そういう星の元に生まれたことを諦めてしまえという無慈悲な神からのお告げなのだろうか?
「三枝、それは……、おかしくないか? この手紙は今朝発見したのだろう?」
 落胆する僕の隣で謙吾が険しい顔をしていて、なんとか持ち直す。
 そうだ。今は落ち込んでいる場合じゃない。他クラスの女子に下駄箱の中身を日常的にチェックされていたとか、幼馴染がこっそり靴を揃えてくれていたとか、ラブレターだとか、どうしてそんな些事にばかり目がいってしまうんだ。
そんなことより(本当にそんなことで片付けてしまっていいのか不安も残るけど)、考えなければならないことがある。
「あ、そうだね。ということはひょっとして……」
「そう、そういうことなのだっ! 朝一で日課の下駄箱チェックをした時にはそんなもの無かったのだーっ! びびーん、衝撃の事実発覚っ! つまりこのはるちんの目を忍んでコッソリ入れられたラブレターだなんて、中々に計算ずくだなこのヤロウッそこまで本気ってことならと考えちゃったりなんかしかなかったりっ!」
「勘違いしちゃってるところ申し訳ないけど、これ、ラブレターじゃないからね」
「ありゃ、そーだった? やはは……ちょっと焦っちゃいましたヨ。もー、理樹君ったらおぬしもワルですのう」
 イタズラ常習犯の葉留佳さんに言われたくはないかな……。というか、この場合僕が勘違いさせたことになるのか?
 冷静さを取り戻して、思考がクリアになっていく。
 先んじて取り組むべきは目下の問題へ。この手紙の問題だ。まだ聞いておかなければならないことも在った。そして、取らなければいけない行動も。
「三枝さんのチェックから、僕らが来るまでそんなに時間は経過してないはずだよね」
「んーとね。だいたい十五分くらい前に靴を替えにきて、その時にチェックしたのかな?」
「十五分前、か。…………謙吾、真人!」
「承知した」
「へ? なんだ? 何が始まるんだ?」
「仲間はずれは良くないデスヨっ」
 反応は三者三様。
 このくらいは予想の範囲内だ、謙吾が一発で察してくれただけでも上場、といったところだろう。残る二人へ向けて話始める。話を聞いて貰いながら考えが一つに収束していくこともあるのだ。
「そうだね、葉留佳さんにも協力してもらおう。この手紙を入れた張本人……ここは、仮に犯人と呼ぼうか。犯人は誰もいない時間を狙って、最初に僕に発見されるように仕組んだ。そして、無人の十五分の間に手紙を入れて立ち去って行った。……そういうことだよ、二人とも」
 さあ、どうだ。葉留佳さんが一足早くぽん、と合点の合いの手を打つ。
「あー、そういうことねー。はるちん了解なのだ」
「ふむふむそういうことか、……ってよくわかんねー!」
 真人は、真人は……相変わらずだった。
「この馬鹿のことだ、みなまで言わないと理解しないだろう。説明してやれ、理樹」
 謙吾に促されて、こくりと頷く。
 こういう台詞は来ヶ谷さんのクールな佇まいを思い出す。名探偵、名推理、完璧な配役。そういうこともあるし、そううまくいかないこともある。だから出来る限り慎重に、そして威厳を持って、まるで殊勝なスタートの合図を切るように、僕はそれを告げるのだった。

「……つまり、犯人はまだこの近くに居るはずだ!」






 朝の校舎、窓から差し込む日差しを浴びた清涼な空気が満ちる中。
 生徒が溢れかえる前の未踏の廊下はどこか素っ気なく、日中とは違った顔で出迎えてくる。登校時刻が訪れて、早朝のささやきと草々とした勇み足が聞こえてくるまで、もう一呼吸ばかりの余裕がある。
 寮生の朝は遅いのだ。寄宿舎の食堂で刻限まで時間を潰す生徒も希じゃない。
 僕ら四人は手分けして犯人の足取りを追うことにしていた。真人と謙吾は男子寮と校庭へ、そして僕と葉留佳さんが三階建の学舎へ。
青天のヘキレキの指令と、姿を見せない謎の差出人。こんなことを始める人物は学校中を探しても一人しかいない、――恭介が帰ってきている。
 朝練で精力を使い果たしたはずの身体が、どうしてか軽い。大きく弾んで飛び出しそうになる心に、追いつこうと必死で全神経がどんどん沸騰していく。
 一階、教室の一角で蠢く後姿があった。見覚えがある。こんな時間に一人きりなのも、推察が正しければ不信ではないものの、気にかかった。
 教室の扉は開いていた。毎朝通り過ぎるだけの、知らない教室の敷居を無言で跨ぐ。
 四角い一室に同じように机が並べられている、見慣れた光景がそこにあるはずなのに、どうして他クラスに無断で侵入する時は妙に緊張するのだろう。黒板の隅に書かれた知らない日直当番の名前がよそよそしい感じがする。

「直枝……」
 奥のあたりから、呼ぶ声があった。
 楚々とした印象と鮮やかな徽章。一部分だけを高く括り、流れるような長髪を優々と垂下して窓辺に凝然と立つ、その後姿。ついさっきも目にした潤んだ果実のような髪飾りと、黒に映える色合いの腕章はどちらも等しく赤みがかっている。
「二木さん」
 二木佳奈多さん、葉留佳さんの双子の姉。
 ずっと仲違いしていた姉妹の冷えた関係は既に遠い夏の向こうの記憶だった。僕らリトルバスターズと彼女の関係も、今は共存関係というのだろうか、穏やかなものだった。
 張りつめた糸のようだった彼女の雰囲気も和らぎつつある。それはきっとよく似た妹の影響じゃないかと思う。
 ふいに、二木さんの釣り目がちな目端が鋭く眇められる。どきりとした。敵意こそないものの、射抜くようにじっと僕を見つめる。
「……と、もう一人。扉の後ろに居るんでしょう、出てきなさい」
 彼女は僕を見てはいなかった。背後で身を屈めてもぞもぞと動く影がある、それは扉の端からぴょんと跳ねる淡紅色の尻尾をのぞかせていた。
「……さすがおねーちゃん。やはは、見つかっちゃいましたヨ」
 出てきたのは、葉留佳さんだった。
 特に隠れる必要もないのに、さっきの真人の背中といい遮蔽物があるとつい潜んでしまう癖でも持っているのかもしれない。
 どうしてここに居るのか、と疑問を覚えてからはっとする。
 ……そういえば、衝動に突き動かされて詳細の捜索地域を指定していなかった。ちょうど鉢合わせになってしまったのだろう。
「ここ一年生の教室だよね。二木さん、こんなところで何してたの?」
「こんなビラを見つけたから巡回中よ。放っておけないでしょう、風紀委員としては」
 派手に装飾されたWANTEDの活字。
 西部劇のお尋ね者を模したハンドメイド感あふれるチラシに、大胆不敵な告知。
 それでいて、思わずため息を吐きたくなるような古典的な言い回し。

『第一回! チキチキ!棗恭介を捕まえよう選手権 ~優勝者には豪華賞品アリ~』

 ……ああ、間違いない。
「それ、もう出回ってるんだ……」
 手紙に同封されていたものと寸分違わず同じだった。
「具体的には昨夜くらいからね。教室の黒板に堂々と張られていたり、掲示板に以前からあったように巧妙に居座っていたり、部数はそこまで多くないけれどこの朝だけで学内で多数摘発されているわ」
 流石に行動が早い。恭介も、二木さんも。既に学校中にばら撒いているのだったら一大事だ。
 恭介のことだから、バスターズの皆で楽しめるイベントを企画したのかと思いきや、今回ばかりは全校生徒を巻き込む規模で展開するつもりみたいだ。
 ……分からない。恭介のミッションの首尾はいつだって歴然としている。純粋でまっすぐなたった一つの意図に向けて、全力投球する少年の無邪気な遊び。目的はぶれてない、だけど、明らかにいつもとは違う。恭介のミッションは、自分自身が僕らと一丸となって楽しむことまで計算づくで設計されているものなんだ。姿を現さないまま裏方で手ぐすねを引いているなんて、らしくない。
 隠蔽された帰還、そして、届けられた挑戦状。まるでもう、ゲームは始まっているとでも言わんばかりだ。
 窓枠の向こうを一瞥しながら二木さんが僕らの方へと歩み寄ってくる。「この教室、カーテンがないわね」言われてみればそうだった。春のガラスは暴力的な日照りを注ぐこともないから、外してしまっているのかもしれない。
「恭介さんはテキビシーなあ」
 二木さんからビラを受けとって葉留佳さんがぽつりと呟く。感慨深い心地を折りたたみながら、中庭の景観を望遠する、横顔。
「ほんと、お節介。いい迷惑。あなたの方からリーダーさんにも言っておいてくれないかしら」
 立腹気味の彼女の言に訂正の余地を見つける。
 バスターズの外部にはあまり知られていない事実なだけに、未だにくすぐったい心境を覚えてしまう。
「今は僕がリーダーなんだけどね」
「へえ……、なあに。それは来年からは僕が中心となって騒がしくしますっていう宣誓?」
「そういうつもりじゃなかったけど……」
 ……そういうことになるのかな。
「楽しそうね。直枝、あなた今、まるで水を得た魚のような顔してるの、気づいてる?」
 揶揄するような態度に苦笑いで応じる。実は、後指でさされるまでもなかった。
「否定できない……かな。二木さんも参加してみる? 捜索隊は大人数の方が有利かもよ」
「やめておくわ。あーちゃん先輩達の卒業式も近いし、貴方たちほど暇じゃないもの」
「とかいって興味津々なんですよ、おねーちゃん」
「なっ、そんなわけないでしょう! 葉留佳、あなたねぇ……!」
 まるでじゃれ合いのような甘い諍いが始まる。姉妹喧嘩がどういうものなのかは分からないけれど、遠慮がないようで気心の知れた微笑ましい光景だった。
 この二人、実はすごく仲良いよなあ。
 葉留佳さんと一通りの応酬を経て、二木さんは取り繕うようにコホン、と咳払いをする。
「とにかく。風紀委員に在籍している立場上、本来なら取り締まるべきところを不問にしてあげるんだから、感謝しなさい」
「あれ、いいの?」
「どうせ棗先輩も貴方たちも騒ぎ足りないんでしょう。三年生全体の空気も受験で荒んでるって聞いたから、気分転換にちょうどいいんじゃない?」
 二年後期の風紀委員長はフットワークが軽いという噂は本当みたいだ。少し前なら信じられないお達しに、背中で葉留佳さんに向けてガッツポーズを握る。僕らのバスターズの一員にして、二木さん最愛の妹の功績は大きい。
「一つだけ条件があるわ。この件はかならず、貴方たちで事態を収束させること。リトルバスターズは正義の味方、なんでしょう?」
 二木さんが挑発的な水を向ける。僕に対して、いや、リトルバスターズに対して。
 ここまで言われてしまっては、後には退けない。
「約束するよ。僕らの正義をみんなに示す。それはもちろん、二木さんたち風紀委員にも」
「直枝のくせに宣戦布告? ……やるじゃない、期待してるわ」
 二木さんは口元に笑みを結ぶ。そこに嘲るような哄笑はなくて、言葉は嫌味を帯びていない、まるで近しい人に冗談を言うような親密さが隠れていた。
「はるちんも絶賛お助け中だけどねっ」
 新芽が伸びるような明るさで、にょきっと葉留佳さんが割り込りこんでくる。
「はるか、あなたは……そうね、あんまり無茶をしないこと。役に立ちたい気持ちはわかるけど、すぐ無理をしようとするんだもの」
「おねーちゃん、もしかして、心配してたり……」
「……するに決まってるでしょう。だいたい、貴方たちの活動は多かれ少なかれリスクを冒し過ぎなのよ」
 そう言うけど、リスクを冒さなきゃ飛べない時もある。
 僕とリトルバスターズと、そして一連の騒ぎの張本人、高く高くチップを積んだ先に何が待っているのだろう。一匙の不安を指でつまんで、期待が表面張力のすれすれまで液を張ったままルーレットを廻す。溢れかえる寸前の水が、もうすぐ爆ぜる。

「理樹っ!」
 突然、名前を叫ばれた。
 驚きに気圧されて振り向くと、鈴が肩で息をしている。ここまで走って来たのだろう。膝に手をついて、うつ伏せになりながら、深呼吸をした。
 鈴はもう一度声量を張り上げ、口にする――僕らへ向けて、刻々と移りゆく驚くべき状況の転変を。

「……馬鹿兄貴、みつけたぞ!」





 数分後、僕は鈴に連れられて食堂に居た。
 恐らく鈴は寮に向かった謙吾か真人から事情を聴いたのだろう、頼もしいほどに僕らの状況を飲み込んでいた。焦燥のままに走って葉留佳さん達を置いてきてしまったので、土壇場に強い鈴が味方でいてくれるのはありがたい。
 鈴の報告は本当だった。
 人も疎らになった始業前の食堂、ようやく発見した恭介は、恭介は……暢気に朝食を食べていた。
 ものすごい勢いで脱力する。
「おいっ、理樹っ! ふなふなするなっ! 立ち向かえーっ!」
 そのつもりだよ……、そのつもりだけど、ちょっと待ってほしい。僕はさっきまで仲間と共に追跡に励み、真剣に恭介の思惑を考察していたんだ。
 緊張感の放物線が急にゼロに達して、気持ちの切り替えが追いつかない。
「ん? 理樹に鈴、お前ら、んなことで何してんだ」
 白いご飯を頬張りながら、味噌汁の具を胃にかき込んでいた恭介が顔を上げる。今ここで一番聞きたくない台詞を余裕しゃくしゃくで口にして、むしゃむしゃと咀嚼をつづける。
 僕らは恭介に勧められるままにテーブルを挟んで椅子に座った。
「朝飯はもう食ったのか? たくさん食わないとでかくなれないぞ」
「これはこれはご丁寧に……」
 箸とひじきの煮つけを寄越してくるのを、受け取る。……あ、これ、美味しい。
 鈴は恭介から貰ったカップゼリーに夢中だ。
 牧歌的な朝の一幕だった。
「……じゃなくてさ! あの手紙、ビラも、恭介の仕業でしょう? だいたい豪華賞品ってなんなのさ?」
「ああ、なんだ、やっぱ理樹も気になるか。それはな……」
 それを聞かれちゃ仕方ないとでも言いたげな、得意満面の顔。効果音をつけるなら「どやっ」ってところだろう。既に溜めに入った謎の緊迫の満ちる場に、思わずごくりと唾を飲む。
「…………俺だ」
 にやり、と笑む不敵な面持ち。……開いた口が塞がらなかった。
「は?」
 背後で湧き立つ女生徒の黄色い歓声。阿鼻叫喚の嵐。
 その中心、ちょうど僕ら二人と等距離のあたりで、青の少女だけが静かに佇んでいた。
「恭介さんを我がものにするために一人奮闘する直枝さん……萌えます」
 というか、西園さんだった。
 この人、いつの間に現れたのだろう。
 騒然とする背景と、呆然とする僕達に向けて恭介はすっと器用に整った人差し指を伸ばす。
「そういう訳だから、景品が欲しいやつは励めよ。ルールは簡単。俺、棗恭介を見事捕獲すればゲームセットだ。鬼ごっこ同然だな」
 そして、ごちそうさまの合図をして平手を合わせる。恭介はトレイに食器を積んで悠然と立ち上がった。
「さて、そろそろ行くか」
「どこ行くのさ」
「決まってんだろ?」
 ふっと仰いだ視線の先にあったのは、――食堂の時計。
「……理樹。授業、そろそろ始まるんじゃないか?」
 ああっ。情けない声が漏れる。始業のチャイムが鳴るまであと五分を切っていた。


(つづく)
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管理人:晴野うみ
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