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Mission × Mission 【03:春宵、夜が始まる】

連載3話目。
今回と次回更新分からようやく本題に入れそうです。

ちょうど前回からの続きで鈴と理樹の帰り道のお話です。
作中で中々触れられないんですが、実はこの話、拙作「Little Spring」と設定を共有しています。
正直に明かすとほとんど続編みたいなものだったりね。
今回の話はそっちを読んでると分かりやすいかもしれない……不親切設計ですみません。
ちなみにサブタイトルが似ている方のSSとは直接の話の繋がりはないです。



【03:春宵、夜が始まる】





 土手に沿った一本道を二人で歩く。

 ほんの少し時が移ろえばが零れた夜が満ちてしまいそうな際の空に、僅かに残った橙の光の帯が崩れる寸前で持ちこたえている。禍々しい夕刻の一線を飛び越えて、静かな春宵の藍色があたり一面を穏やかな闇夜に閉じ込めるために、街へとそっと降り立とうとしていた。
 涼やかな晩の湿った空気に追い着かれて終わないように僕らは早足に河川敷を行く。ゆらゆらと走る波が流れる様は水際へと人を誘い、川面ではそれ自体が生物のような不気味な陰が浅黒く脈打っていた。暗夜を知った河原には底知れない恐ろしさがある。
 指先でつついた瞬間に壊れ落ちてしまいそうな悠久の紺碧の中で、つま先で舗装された帰路をなぞる。鈴に付き合ってもらった買い物を終えて、後は寮まで戻るだけだった。
 こうしていると、数メートルだけ先を歩く鈴の足取りをたどって無心で追い掛けているようだ。鈴は鈴で遮るもののない拓けた景色に夢中になっているのか、二人とも無言でぐんぐん先へ進んでいた。
 言葉を交わすこともなく、互いの双眸を確かめることもない。視界の上方でポニーテールに結った長い髪の先が岸辺に吹く風と戯れている。
 翳った雲に明星の実在は隠されてしまったのだろうか、こんな夜では月さえも行方知れずだ。

「明日、何日だっけ」
 誰でもいいから声が聞きたくて、僕は鈴に話しかけていた。
 住宅街からそう遠くないのにこの時間帯のこの場所は閑すぎて、全ての人は既に家庭へ着いてしまって僕ら二人だけが取り残されたみたいだった。
「ん、三月のー……知らないな」
 求めた返事は還らない。煩わしいだけの日付に囚われないのは自由奔放な彼女らしい。

 振り返ろうともしない鈴が何を見ているのか探そうとして、俯き加減に傾いた顎を垂直の角度まで持ち上げる。確認を試みると、鈴はぴんと張った背筋に首筋を弓形に反らせて、遥か頭上にある高みの空を見上げていた。
 凝らした眼差しで薄雲を掻き分けて絶え間に一番星の輝きを求めようとでもするかのような、懸命に後屈して旋毛を向ける小さな頭。
 僕の見上げた空に光の粒は瞬かない、それなのにどうしてか、鈴の視線の先には銀河のどこかの孤独な綺羅星が確かに息づいているようにさえ思えた。
 鈴はきっと、僕の見えないものを見ている。僕より一回りだけ小さなこの女の子は、思い返せば昔から今にも消え入りそうな篝火を見出すのが得意だった。それは路地裏の子猫であったり、畦道の端の玉杓子であったり、時に繁みに隠れた羽虫であったり。か細く弱く、存在さえも意識に登らない、それでもこの世界で小さな息を潜めている、潰されそうな命の灯。手を伸ばして表面を撫でて、自分の両腕で与えられるだけの庇護を目一杯に抱きしめるんだ。
 そんな鈴を隣に並んででずっと見てきたはずだった。その視線の先のものを一緒に追いかけてみようと思ったことが僕にもあっただろうか。もしも今、その眼に映るのがまだ見ぬ明日の色なら知りたいと、そう思った。

「鈴は……さみしくないの?」
 声を振り絞ってようやく鈴が振り向いた。
 夜の帳のフィルター越しに僕を見る、僅かに彩度を落とした瞳の色に心奥を捕まれる。僕は確かにそこに光の存在を見た。降って沸いた言葉の意図を探るようにそれは呆然と揺蕩っている。
「もうすぐ卒業式だよ。恭介のこといないと困るって言ってたじゃないか」
 堪え切れずにみなまで言った、言ってしまった。焦る僕と対照的に、鈴はなんだ、とでも言いだしそうに事も無げで。雄弁な面持ちにそれだけで続きが予想できてしまう。
「よく考えたら……そこまで困ることなかった」
 とても、薄情に響きに聞こえた。
 鈴はずっと恭介と一緒だったのに。それとも、産まれてこのかた離れることもなかったから、血の繋がった兄妹だから憂慮することもないのだろうか。「それはやっぱり鈴が、恭介の妹だからだよ」そう、言ってしまいそうになる。
 何も言えずに固まってしまう。僕にとって鈴も恭介も真人も謙吾も、ただの他人で片付けるには近すぎた。だから二人の間に明瞭な違いが横たわっているのを突き付けられたら、答えに窮する他に無いじゃないか。

 空の色が崩れた気がした。留まっていたはずの夕闇が透明な皮膜を裂いてどろりと溢れ始める。
 天上で決壊した夜が落下してがじわじわと町並みを昏く染色して、それと重るように不穏な心で淀んだ水音が膨張していく。誰でもいい、誰でもいいから、黒い液体をとめどなく吐き出す蛇口を固く捻ってくれ。二度と夜なんか来ないように。
 せせらぎさえも闇に醒めた怪物の呻き声だった。
 耳を塞ぎたくなったのに、一面の静けさを掻き消すような高い音が耳朶を強く振動させる。
「少し前まではそんなの考えたこともなかったけど、今はこまりちゃんや、あいつらや、みんながいるからな」
 胸を張って毅然と立つ鈴の姿。
 夜が地上に降りてきて影が飲み込まれても、怯えて隠れようともしない堂々とした振る舞い。
 鈴のことを猫みたいな女の子だな、と思っていたけれど。そうだった、猫は夜行性なんだと思い出す。輝くものを失わない赤に憧憬を見て僕は苦笑する。こんなところまでよく似ている。
「理樹だっていっしょだ。ちゃんと、みんないる。あたしも……ついてる」

 突然、光が弾けた。
 底の見えない黒い川面にぱっと咲いて、波に花弁を散らす橙色。
 それは夜に燈った町の灯だった。一つ披くと誘いを受けて次々に姿を現していく。対岸の家路に、そびえる団地に、窓辺に浮かぶ明かりが数を増す。
 人が帰った家庭の色が点火する度、一輪一輪づつ実りを肥やして町が温度を高めていく。
 まるで奇跡のような夜の始まりだった。
 鈴はこの光景を知っていたのだろうか。僕たちの過ごす町で密かに繰り返されてきたであろう、一日の終わりの萌芽。得意気に笑っている幼い顔立ちを見つけて、そうに違いないと思い至る。

「鈴は強いね」
 ふん、と鼻を鳴らして、僕に人差し指を突き付けてきた。
「妹はへんじょーだな。これからはあたしが姉だ。おねーさまと呼ぶがいい」
「そういうことは学食のカップゼリーこっそり確保するのやめてから言うべきだろ?」
「そんなことできるかーっ!!」
 そこは譲れないみたいだった。
 当たる対象が欲しかったのだろう、鈴は足元の小石を蹴り飛ばす。水際を目がけて転がる石は見事に着水し飛沫に飲まれていった。

「だいたい、寮にきてからは寝るとこも別々だったしな。理樹やあいつらの方が馬鹿兄貴と一緒に夜までばかなことやってたんじゃないのか?」
 
 はっとして、暮れの野に咲く光を探した。
 脳裏で静かにフラッシュバックが火蓋を切る。
 入学式の日、クラス発表、ルームメイトの告知、真人との相部屋、一人部屋の謙吾、恭介の部屋に散らばった漫画、毎夜毎晩やってくる人のノック、メンバー勧誘のミッション、トランプ、人生ゲーム、野球盤。一緒に過ごした二年の月日。廻るいくつものワンシーン。
 この学校にきてからは毎日が修学旅行の夜みたいで、本当の家族になれたみたいで、僕は。楽しかったんだ、と思い出す。毎日がお祭り騒ぎに思えるほどに、寂しさを覚える隙もないくらいに。
 気が付くと小さな手が僕の手を握っていた。桜貝のようなピンクの爪、子供のような柔らかい手の平。両手で包み込むように触れるのは、鈴の手だった。
 僕は今、それを握り返す。温度を確かめてほんの少し高い体温を感じて、ほっとして緩く凪いでいく心を覚えながら。
 ちりん、鈴の音が耳元で聞こえた。

「いま、猫の声が」
 大きく目を見開いて鈴は呆然と屹立していた。僕には聞こえなかった。そう告げる。
「あたしが聞き間違えるわけないだろっ! 理樹、探すぞ!」
「いや、もう遅いし。門限破るわけにいかないでしょ」

 手を振り切って駆け出そうとする鈴を留めきれず、二人で辺りを捜索することになった。手短に結果だけ述べると、収穫ゼロ、だ。十五分ほどかけて野良猫を探してみたものの、結局最後まで一匹も見つからず僕らは手ぶらで帰る破目になった。
 鈴は「本当に聞こえたんだ」と何度も弁解するけれど、夜を走り回ってからは全く信じていない訳じゃない。
 川端の隅、踏みつけられたみたいに芒畑の一部がぽっきりと折れていた。


(つづく)
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管理人:晴野うみ
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