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Mission × Mission 【02:屋上、夕日空のアリス】

アフター設定のリトバスオールキャラ小説、連載2話目です。
理樹と鈴と屋上のあの子と、放課後の何気ない一幕。BGMはAlicemagicで。
急遽用意したサブタイの方向性が決まったので前回のも修正してます。とくに意味はないですが。


【02:屋上、夕日空のアリス】





 屋上へ続く階段を駆け上る。
 タッタッタ、リズミカルに反響する靴音が背中へ抜けて置いてきぼりになっていく。足早に急ぐ先に扉はない。唯一の非常口は山と積まれた机や椅子の砦に頑丈に閉ざされて、これではゾウの突進でも呼ばないかぎり開かないのだろう。通行止めの通せんぼうを傍目に見すごして、ポケットから工具を取り出す。すっかり愛用品となったマイ工具だ、キーホルダーなんか付けていたりして。
 一般に想定される普通の男子高校生も、女子高生も、日常的にドライバーを制服の裏地に隠してはいないだろう。けれども、僕はクリーム色をした甘い香りの女の子が、ロリポップをお供にビターチョコレート色のリボルバーのようなそれを忍ばせていることもお見通しなのだった。
 外されっぱなしの窓枠のネジを発見して、確信する。間違いない、彼女はここにいる。
 身体を屈ませて狭い窓枠を抜けると、そこは最果ての赤だった。
 ぞっとするほどの夕日空が網膜に飛び込んでくる。瞼を焼くような茜をかぶった雲は夜を従えて僕らの町まで迫ってきている、一日の暮れはもう目前だった。

「わっ、理樹だっ!? あっちいけ! しっし、だ!」
 屋上からの景色にすっかり意識を奪われていた僕の頭をガツンと打つ甲高い声。醒めた理性は辛辣な出迎えと予想外の相手にしばたたいた。
「それ……僕に言ってる?」
「トー然だ。あたしはこまりちゃんと秘密会議のまっ最中だ、いそがしい」
 邪険に扱われる真人達のみじめな惨状は毎度毎朝のことなのに、自分に矛先を向けられると流石に傷つくなぁ……。

 幼馴染のうちの一人、鈴。この頃どうやら彼女の中での僕の優先順位は低下傾向にあるらしい。一抹の寂しさを覚えつつもこれはこれで良い方向への進歩なのかなと思い直し、彼女の兄の苦心に少しだけ共感できたような気がした。
 鈴の隣には、ふわふわした色合いの女の子、小毬さん。(ちなみに彼女は鈴の優先順位ランキングを絶賛うなぎ登り中だ。)きっと状況が理解できていないに違いない、丸くて大きな瞳をさらに真ん丸に近づけて僕らのやり取りを渦中で聞いていた。いきなりの来訪者に何も告げないのは、さっきまで笑顔を向けていたであろう鈴が突然毛を逆立てた猫のように剥き出しの威嚇を向け始め、めくるめく変化する場景に処理が追いついていないせいだろう。
 ごめんね、小毬さん。これからちゃんと説明するから。心の中で謝罪しておく。

「女の子同士のはなし? なら邪魔するつもりはないけどさ。ひょっとして鈴、忘れてる?」
 そうだ。そもそも僕が探していたのは鈴なのだった。
 屋上に足を運んだのは鈴と仲の良い小毬さんなら居所を知っているかと期待していたからだった。文明の利器に頼ることなく足で稼ぐ破目に陥ったのは、どちらとも連絡がつかなかったせいだけど、二人一緒に屋上で過ごしていたと知って合点がいった。
「なにをだ?」
「今日の放課後、買い物に行く約束してたはずだよ。手伝ってくれるって言ってたじゃないか。……探してたんだ、まさか屋上に居るとは思わなかった」
 気まぐれで、警戒心が強くて、猫みたいにするりとどこかへ行ってしまう。終礼のチャイムが鳴ってからすぐに教室の鈴を探したはずなのに、追従を許さず完全に撒いて校内を行脚した末にたどり着いた徒労の果てで見つかるなんて、敵いそうになくてげんなりする。できればその機敏さは別の局面で発揮してもらいたいものだ。
 不毛な僕ら二人の間を、ふいに「あ~!」……と気の抜けた声が割った。こんなに肩の力の抜けた、純粋な感嘆符を投げる人を僕は一人しか知らない。その晴れやかな顔から察するに小毬さんは納得の道筋へ至ったみたいだ。
 ――大丈夫です、理樹くん。大きな瞳が物語る。以心伝心がかちりとはまった気がした。

「鈴ちゃん、その本貸してあげるよ」
「いいのか?」
「うん、お部屋で読んで。返すのはいつでもいいよ」
「うー……。帰ってきたら、すぐ読む。こまりちゃん、感想、待っててほしい」
 鮮やかな手腕だった。僕や真人じゃこうはいかない。鈴は小毬さんの言うことは素直に聞くんだなと思って、彼女に見つからないように苦笑した。
「サイフとってくる。理樹、校門のところまで先に行っててくれ!」

 ポニーテールを揺らせた後姿が軽快に跳ねる。素早い身のこなしで窓枠を飛び越えていく鈴を見送ると、後には男女二人が残された。すなわち、僕と小毬さん。

「理樹君、こんにちは~」
 目が合うと、陽だまりが咲くようにぱっと顔を綻ばせて迎えてくれた。おおらかな許容の姿勢を誰の真似をすることもなく自然にとれる彼女は、気難しい猫までも懐に招き入れてしまう。その、あたたかな肯定に無条件に助けられているのは僕も例外ではなくて、和らいだ呼吸を誘われる。

「僕たち教室で会ってるけどね」
「じゃあ、いらっしゃい?」
「うん。お邪魔します」

 とんちんかんなやり取りもいつものことだった。
 小毬さんとはクラスメイトの間柄だというのに、二人で会う場面の背景にはなぜかいつも高い空と見下ろす景色があって、こうして屋上で鉢合わせた回数も数え始めたらきりがない。すっかり常連になるうちに、此処は心を落ち着けるのに最適の場所になっていった。いつからか鈴も三階へ続く階段のその上の場所へ足繁く通っているようだ。
 通行口の前にお菓子の包み紙が落ちている。学外へ出て徒歩五分ほどで到着するコンビニで売っているような、大手製菓メーカーの流通品だ。甘い桜色のパッケージに見覚えがあった。小毬さんは別段隠すつもりもなさそうにそそくさとそれを拾うと、屋上を囲うフェンスの傍へ。くるりと赤いリボンが踊る。

「ごめんね、理樹君。完成したら鈴ちゃんに一番最初に見せる約束してたの」
 彼女の言おうとしていることに、すぐに思い至る。僕も聞いてみたくて二の足を踏んでいたからだ。
「小毬さんの、絵本のことだよね。謝ることなんかないよ」
「そっかあ、そうだったよね。鈴ちゃんは読者さん、第一号なんです」
「ファンレター第一号もそのまま獲得していっちゃいそうだね」
「ほわぁっ! ファンレター!? そそそそんなプロの作家さんみたいな」

 手足をわたわたと振って大慌てな様子で顔を赤くする小毬さんの姿は、微笑ましいほど素直で相変わらずだなあなんて思ってしまうのだけど、なまじエッジの近くなものだからそのまま落っこちてしまわないか不安を煽られる。
 いきなり柵が外れ足を滑らせて落ちたかと思いきや、ふわふわと飛んで行って空に浮かぶ小毬さん。……奇妙な想像だけど、綿菓子のような彼女ならあり得そうだから、すごく不安だ。
 小毬さんは絵本を描いている。教室の片隅で、屋上で気まぐれに開かれるお茶会で、グラウンドの草野球の合間に座って、クレヨンと画用紙を大事そうに抱えて。それは何故かとてもしっくりくる光景に思えた。僕らはまだ学生だけれど、天職というものがあるのならきっと、彼女と絵本作家という職業のマッチングはそれに値するのではなかと僕は密かに考えている。そのくらい、過不足のない取り合わせだった。

「あのね、理樹君は……」
 ふいに何かを言いかけて口ごもってしまう。隠すように後ろに回された指先が戸惑いがちにリボンの先を撫でるのを見過ごせなかった。すぐに分かった。小毬さんは何かを伝えるべきか躊躇っている。その何かの正体は、言葉にしてくれない限り僕には分からないけれど。
 焦らすような沈黙が先を促した。追いつかれそうな迷いを振り切って、彼女は続ける。
「おはなし、とかは描かないのかな」
 さり気ない質問に、彼女が勇気を振り絞った理由は見えない。
「うーん……、僕、絵とか上手じゃないしなあ」
 率直に答えたつもりだった。応えてしまってからはっとする。小毬さんの質問はもしかすると期待の顕れだったんじゃないだろうか。もしその想像が当たっていたら僕はたった今彼女を心無く裏切ってしまったことになる。「そんなつもりじゃないんだ」と否定と謝罪が喉元まで出かかって、「それならどんなつもりなんだ?」と壁へ向かって投げたボールみたいに自問自答が返ってくる。
 つま先を見つめて俯いた姿を見つけて益々心配を掻き立てられる。けれども、再び前へ向けられたのは予想外に柔らかい面持ちで。

「理樹君。いつか……もし、そんな気持ちになったらでいいの。きっと、おはなしを描いてね」
 困ったようにはにかみを結って、それでも彼女は僕に言う。
「理樹君が一生懸命に想ったかたちは、誰かを幸せにするの。もしもあなたの大切な人が曇った顔をしていても、理樹くんなら、きっと、ううん、ぜったい大丈夫」

 優しい言葉を教えてくれる小毬さんがどうしてか、寂しそうに見えた。
 ようし、と心の中で呟く。これは呪文だ。自分自身を奮い立たせるための、そして、美しく螺旋の模様を描く幸福を呼び込むための。例えばアリスを不思議の国へ連れていくような大それた魔法は使えないけれど、目の前の女の子の曇った表情くらいなら僕にだって吹き飛ばせる。そう信じたいから。

「なら、小毬さんも同じだね」
 ほえ? と、素朴でかわいらしい疑問符が浮かぶ。不思議そうに小首を傾ける小毬さん。戸惑うことなく一歩、空を六角形にくり抜くフェンスに近づいて僕は告げる。
「いつも誰かのために頑張ってる、そんなこまりさんが描いた物語なら、誰かに笑顔をあげられる。そんな気がするんだ」
 彼女へ向けて僕は微笑んでみる。
 僕にはまだ自分が、誰かを支えられるくらい上手く笑えているか自信がない。
 だけど、きっと僕が僕である限り永遠に確信なんて掴めない。本当は誰も彼もが同じなんだと気づく。僕だって不安だ。それでも君に笑って欲しいんだ。きっと誰もが押し潰されそうな世界で暖かな陽を求めるみたいに、精一杯強がりながら笑っている。

「理樹君……ありがとう」
 春の日の似合う笑顔が見たくて、声をかけたそのつもりだった。だけど今、瞳を綻ばせて笑う小毬さんの目尻に浮かぶのは透明な一粒の雫で。それは、きらきらと光の尾を引く流れ星に似ていた。

「えへへ、私、弱虫さんだね。だめだね」
「こまり……さん?」
「もう少しここで空を見ていたいから。理樹君、行って」

 顔をそむけた小毬さんはフェンスの向こうへと視線を送った。
 茜さす空を長く伸びた藍色雲が流れていく。眼下の庭では白い校舎をまばらに染めて、背の高い陰法師がいくつも散った。その殆どは迫る闇から逃れるように帰路を目指し始める。じきに一日が終わる。遠くにそびえる山の向こうから眩い銀河に彩られた夜のカーテンがふわりと降りてくる。
 校門の前では鈴が待ってるはずだ。

「でも」
「大丈夫だよ。わたしはもう、大丈夫」

 穏やかな声音。それでいて、有無を言わせない意志があった。
 心臓がきりきりと痛む。小毬さんは泣いていたのかもしれない。その涙を拭えたらと思うのに、急ぐ足は止まらずに階下を目指して進んだ。今はそうしてはいけない気がした。だからせめて、と小さく祈る。どうか彼女が泣いた後に笑って過ごすことができますように。酷い雨に打たれて滲んだノートの先に続く、真っ白なページに描かれる物語が幸せなものでありますように。たとえ悲しいことがあってもその結末を見送るなら、きっと笑顔で。
 屋上から立ち去る直前に聞こえた囁きは、最果ての空に生まれ落ちた星の欠片みたいだった。


『ちゃんと、覚えてるから』



(つづく)
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