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Mission × Mission 【01:花月、つひにゆくみち】

アフター設定のリトバスオールキャラ小説です。

先が長くなりそうなのでブログで連載形式をとることにしました。
長編ってほどじゃなくて中編程度の長さになりそうです。
序盤~中盤くらいまでは理樹とヒロインの小話によるオニムバス形式進行。
一番最初になる今回は西園さんです。



Mission × Mission 【01:花月、つひにゆくみち】





『つひにゆくみちとはかねて聞きしかど きのふけふとは思はざりしを』


 景観に優れた中庭の空の下、すっくと立つ影があった。
 天を目指すようぴんと張った背筋を伸ばして宙を仰ぎ見る、その手は胸元で慎ましく重ねられている。少女の姿はまるで雲間に射す光を待つ礼拝のような、荘厳で神秘的な光景を思わせた。ここは常日頃から見慣れた学園の庭で、切り取られるワンシーンは当然、地に足の着いたありきたりの一齣であるはずだというのに、言葉というのは時々恐ろしい。たった一言、ほんの一瞬のうちに、昼下がりのぼやけた飽和状態を酩酊した空気に変えてしまう。
 それともこれは、言葉の魔力などではなく、波風の立たない水面のような印象の彼女が持つ独特の浮遊感、そのせいなのだろうか。日傘を持たない少女――西園美魚の瞼は閉じられていた。

「それ、なんだったっけ? 清少納言の……枕草子?」

 酩酊感を振り払ってなんとか紡いだ言葉は酷く見当はずれな発言だったらしく、振りむいたというのに彼女はむっとしてしまう。こほん、と咳払いを一つ前置きして、昼休みの講釈が始まった。

「伊勢物語ですよ、直枝さん。作者、成立年代ともに不詳、在原業平をモデルとした『男』を中心としてまとめた歌物語です。男女の恋愛を主題とし、数々の女性とのみやびな交遊を歌を通して鮮やかに描きながら、親子愛や主従愛、そして友情などについて幾千の時を経ても変わらぬ普遍的な人間関係の諸相を情緒豊かに語る傑作と言えます。かの有名な『かきつばた』の歌が納められた東下りの段は技巧的な側面から白眉であると感じ入りますが、わたしとしては、小野の雪などの段での業平と惟喬親王の間に結ばれた主従の情義に心温まるものが、いえ、むしろ熱く胸を込み上げるものが……」
 息もつかぬ間に解説を諳んじる西園さんに圧倒されてしまう。一度こうなってしまうと、彼女の語りは止まらない。テキスト材料がミステリー小説でも、歌人と和歌の成立についてでも、前のめり気味のその姿勢は変わらない。こういう時だけは一切遠慮がないのだ。何やら不穏な方向への転換を察して、悪いと思いつつも横槍を刺してしまう。

「えーと、西園さん。さっきの歌について教えてくれないかな」
 そう、歌だ。つい先ほど彼女が口にしてみせた響きが、食道に刺さった魚の骨のように鼓膜に引っかかって気になっていたのだった。
「先の歌は全百二十五段から成るうちの、その最後で男が詠むものです。お分かり頂けましたか?」
 さも造作もないことのようにさらりと答える。やっぱり、とても真似できない。歴戦の老練さを感じさせる西園さんへ向けて、敬服さえ覚えながら僕はぎこちなく微笑んだ。
「ありがとう。勉強になったよ」
「直枝さんは少しばかり自覚が足りませんね。来年から私たちは、受験生なんですよ」
 お姉さんぶった口調に、猫を手懐けてじゃれる幼馴染の姿が重なる。けれども、西園さんのそれは鈴とは違って作り物らしい作為のない、体に染み付いた自然な態度に思えた。なぜだろう? つい、頭の中で疑問符が擡げる。彼女は確か、一人っ子だったはずだ。やんちゃにはしゃぐ妹を窘める姿がこうも違和感がないなんて……、やっぱり西園さんは不思議な人だ。

「そうだったね。受験といえば、西園さんはもう志望校とか具体的に決めてるの?」
「いくつか候補を考えていますが。流石に絞り込むとまではいっていませんね」
「文学部とかそういう系統?」
「……それは秘密です。詮索好きの男の子は嫌われますよ。……破廉恥です」
「いや、答えたくないなら無理強いはしないけどさ」
「……冗談です。教えるつもりも……ありませんが」

 流石に手ごわい。こうして昼休みに共に過ごす機会も、昨年の秋からは徐々に短いスパンになっているはずなのに。最近は本の貸し借りもするようになって、趣味嗜好を共有している仲だというのに、心の距離は一ミリも縮まってないんじゃないかと不安になってしまう。
「直枝さん。わたしにも選択に悩み、苦悩するそういう時があるんです。介入を拒むように感じさせてしまったのなら、申し訳ないのですが。そうではなくて……、これは」
 躊躇いがちに言い淀んだその語末に、どきりと心臓を突かれた心地がした。
 西園さんが迷っている。僕よりもずっとたくさんの言の葉を巧みに操る、書物の回廊を渡る神子のような彼女が。葉の宿り木を奪われた女の子を愁眉に閉ざす理由も分からないというのに、僕の目には彼女の頬に茜が射したように見えて。
「その……、そうですね。まだ口にするには尚早すぎる想いというのもあるのです。言葉にして縛ってしまうには儚すぎて、胸に秘めておきたい……そんな想いもあっていいと思いませんか?」
 一陣の風が吹き抜けた。ざわめきを生んだ気流が首筋を撫で、短く切り揃えられた整髪が乱れる。いとおしげに傾いだ睫毛。日焼けを知らない、陶器のような白い肌。わずかに上気した色。綺麗で。僕はそう――思いがけず、見惚れていた。

「いつかもう一度、聞いてください。西園美魚の来し方でも、行く末でも。そのときはきっと……返事をしますから」

 少女は僕へ向けてはっきりと言う。それはいつかどこかで聞いた台詞に似ていた。いったい誰が言ったのか、誰へ向けた声だったのか、その部分だけ途切れない薄霞のもやがかかったように思い出せない。壊れたラジオから繰り返し流れるノイズが聞こえる。
「わたしはここで待っていますから」
 眩しそうに目を細めて、西園さんは淡く微笑む。
 中庭の木々が揺れて、茂る枝葉の合間を縫って一筋の金糸が降ってきた。澄みきった天から注ぐ光の幕は、そよぐ風にひだを遊ばせていたずらに校舎の白亜と空宙のあおの間を泳ぐ。さらさらときらめく木漏れ日の黄砂を僕らの肌に振り撒きながら、弱々しい太陽が冬の終わりを無音で囁く。立春の暦はとうに跨いでいた。

「『つひにゆくみち』か」
 気が付けば、覚えたてのあの歌が口をついて出ていた。
 小さな呟きの滴が枯色の残る芝生に吸い込まれていくその前に、彼女はそっと拾いあげる。
「先ほどの業平の歌、直枝さんにはどんな歌に聞こえますか」
「西園さんは? 『つひにゆくみち』ってなんだと思う?」
 まるで古文の授業だ。昼休みまで勉強熱心な学生の鏡もいいところじゃないかなんて、自嘲気味に思いながらも質問を続ける。教科書や参考書に並んだ格式ばったテキストでも、そこに並んだ物語は彼女にとって一冊の本と等しく親しみ深いものであることも、僕はもう知っている。
 だからこんな疑問も他愛のない会話の延長線上にあるつもりだった。そしてそのまま、漂う緊張感に気づくこともできずに、西園さんの答えを聞くのだった。
「わたしには空の青と、海のあをの向こうの……そこは一人で行く場所、そう思えます」
 目の前の女の子の光に透ける髪の色と澄んだ空の色相が重なって、二つの間の境界線がぼやけていく、その影の輪郭がうまく捉えられない。何故だろう、急に込み上げた不安にぎゅっと胸をつままれて、瞬きさえもできなかった。
 彼女の姿はそのままあおに溶けてしまいそうで、向こうへすうっと曖昧に消えて行ってしまうのがこわくて――僕は西園さんの手を取った。
 縋るように探した視線の果てで深い琥珀色と出会う。呆然とした彼女の表情。とっさにとった行動にようやくはっとして、羞恥に負けて掴んだ手と出会った瞳を外してしまう。
「……ただの文学少女の夢想です。現実ではあり得ませんよ。だから想像の船出で、そちら側へ行った一羽の白鳥に想いを馳せてしまう……それだけです」

 一羽の白鳥、海の青とそらのあを。西園さんがフレーズを繰り返すごとに、強烈な既視感が襲う。僕はきっとその羽の名前を知っている、西園さんの願った場所を知っている。それなのに、どうしても、生まれたての頃の夏は遠くて、思い出せなかった。彼女は言った。西園美魚の来し方を行く末を聞いてくれと。いつか彼女にそれを尋ねることができたなら、その時こそ僕も思い出せるのだろうか。
 そうだね、と応えたはずの僕の声は動揺と安堵のない交ぜになった震えを忘れていたか分からない。


「西園さん、さっきの質問だけど。半分は僕も同じだ。まるで、寂しがってる歌に聞こえる」
「ところで、直枝さん。答え合わせをすると、実はこれは彼の辞世の歌なのですが」
「そうだったの? 先に言ってよ……」
 なんだか肩透かしをくらった気分だった。
「よくあるミスリードです。あなたもわたしもつい感情移入した解釈をしてしまった、そんな所でしょう」

 西園さんの背中を追いかけて木陰を出ると、二人の影が真下の地面に落ちる。日なたの彼女は誰かが飛ばした紙飛行機を探すみたいにどこか遠くを見つめていた。
 雲一つもない低い空と冷たい青の空気、日差しはもう春の訪れを感じさせるほど温かかった。

「卒業式……もうすぐですね」



(続く)
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管理人:晴野うみ
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