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真夏のゆりかご、影二つ


Angel Beats!の最終回のさらにあと、転生後のゆりと日向が姉弟なお話です。

AB!アニメ本編というより公式コミカライズのHeaven's door準拠……といいつつ転生ネタなのでそのあたりはゆるゆるです。
ひなゆり未満のゆり+日向コンビですが、転生後ゆりっぺの名前が『日向ゆり』だったりします。実際は日向でも仲村でもない苗字の方がいいと思ったのですが、思いつかなったのと語呂が悪くない気がしたので日向姓を採用してみました。少なくともこの小説での彼女は「仲村ゆり」ではないので。なので、転生後の日向くんが『ヒデ』と呼ばれていますが、「日向秀樹」ではないかもしれません。日向秀雄かもしれないし日向秀明かもしれないかもしれない。


AB!のネタも書きたいなーと思うものがいつくか出てきたので、ゆりっぺと日向くんあたり中心でまた書きたいですね。






あたし、日向ゆりには弟がいる。三つ年下で、クソ生意気なやつがひとり。

だからこれはあたしと、弟のはなしなのだろう。血の繋がったきょうだい。姉と弟。不本意ながら生まれついての設定なので、覆せない。たとえ天と地がひっくり返っても。あたしは時々、ヤツを恨めしく思ったり煩わしく思ったり、その結果会話をしてやらなかったりする。俗にいうシカトだ。あいつは見るからにしょげたりめげたり、懲りずに対戦ゲームに誘ってきたりする。そういう時は大方気分が悪いからコテンパンにやっつけてやる。えげつなく。オトナゲなく。いいのだ、あたしだってまだまだ中学生なんだから。

この頃、弟には反骨心が芽生えたらしい。あたしの命令にいちゃもんをつけてくるようになった。弟は姉に絶対服従、これは世界の摂理だというのに。つい二、三ヶ月前までは命令せずとも金魚のフンみたいに後ろをついてまわってきたというのに。
そこで長女の威厳というやつを見せつけるため、ガツンと言い聞かせてやることにした。まずは手初めに呼び名から。こういうのを調教と言うらしい。いい響き。

「お姉様と呼びなさい。もしくはゆりお姉ちゃん」
「ゆりっぺ」
「お・姉・ちゃ・ん」
「んなこと言ったって、ゆりっぺはゆりっぺじゃん」

結局その日はこめかみをグーでぐりぐりしてやった。「死んだ!サイボウが死んだ!バカになっちまう!」とあいつは大慌てだった。いい気味だ。もともとバカなのに何を心配しているのやら。
――そう、こいつはあたしを「ゆりっぺ」と呼ぶ。
昔からずっとそうだ。三つも歳が離れているのに、生意気なヤツ。この妙なアダ名もそろそろ深刻な問題に感じ始めていた頃合いだった。

そんな時、友達の家へ遊びに出かけて一つ閃いた。仲睦まじい二人姉妹の彼女の妹は、初々しくも「お姉ちゃん」と呼称していたのだ。そうだ、ウチが特殊なだけで世のきょうだいは皆そう呼び合っている。お姉ちゃん!お兄ちゃん!妹よ!弟よ!つまりあいつは学校でそうとう浮いている。そうに違いない。
確信を得たあたしはめげずに追及した。すると、けろりとした顔で返事がきた。

「オウベーじゃ名前で呼び合うんだから別にフツウだろ。アダ名で呼び合うのは仲良いってみんな言うぜ」

許すまじ欧米化。敵は初等英語教育かそれとも国際化社会か。
その後もしつこく問い詰めつづけると、ヤツの言い逃れスキルも格段にランクアップしていき、ネンコージョレツは過去のイブツだとか、そもそも兄姉だけ専用の呼び名があって弟妹は何と呼んでも構わないのは甚だおかしいだとか、気がつけば一丁前に理論武装を身につけていた。それも意味もよく理解できてないままに。最近の小学校のカリキュラムはどうなっているんだと腹立たしく思うも、こちらも負けてはいられない。
女子中学生舐めんな。そして今日もあたしは、ヤツを言い負かす便利な呪文がないかと国語辞典をめくり続ける。


* * *


泣きたくなるような夕空だった。
沈みかけた夏の日に公園の緑がよく映える。太陽ばかり活発なこの季節、夕方の時間はアイスがどろどろに溶けきるくらい長かった。闇になじまない長い影は西日の反対側へ伸びていくようなのに、あたしの身体はちっぽけで、すぐに息が切れてしまう。窮屈だった。小学生たちは転がるボールを抱えて家路につく。取り残されたシーソーが冷たくなっていく。はぐれカラスは屋根の向こうへ。挫けた足ではこんなところまでしか走れない。
あといっかい、とねだる小さな子をひと睨みで一蹴し、ブランコを一台陣取ったまま動きたくない。唇を噛んだままこのまま涙の代わりに血が流れればいいと思った。涙というのは厄介で、泣くな泣くなと堪えるほどに溢れてくる。抵抗するように泣きはらした瞳をこするけど、既に眼球も真っ赤に充血しているはずだ。頬を伝ったしょっぱい水とべたつく汗が混ざり合って、これ以上なく気持ち悪い。
このまま知らずに夜が来て、あたしはひとり、置いてきぼりをくらうのだろうか。
ブランコを漕ぐ勇気もない。行きたい場所があったのに、疲れた頭ではもうそれがどこだか思い出せない。目を閉じて、視界から強制的にインストールされる世界との接点を断ち切った。うるさい蝉時雨を全部散弾銃で撃ち殺して、このまま誰も居ない夏の夜を占領するのだ。

「ゆりっぺー、今日カレーだぞー」

緊張感のない声だった。あたしを呼ぶ声。すぐにわかる。毎日聞いているから。顔を見られるのが悔しくて、反対側にあるベンチのほうへと視線をやる。

「うっさい。あっち行け、帰れハゲ」
「ハゲてねーよ! ゆりっぺのがハゲだし!」
「ハゲてねーし! あんたゲームのやり過ぎでまた視力落ちたんじゃないの?!」

向こうみずな暴言相手にカッとなって振り向いた。するとそいつはにかっと笑った。まるでこうするのを待っていたみたいに。実際、こいつはそんな計算ができるほど賢くはない。だから偶然が呼んだ結果に違いない。それでもあたしはしてやられたようで頭にきた。
「な、ハラ減らねぇ? オレもう、ぺこぺこ」
そいつ――ヒデは、へらへらした表情で、さっきまでの口喧嘩も瞬時に忘れたかのような能天気さで。何食わぬ顔をして隣のブランコの腰かけに滑りこんだ。
そういえばお腹が空いてきたなとはたと気づいて、必死に腹筋に力をこめる。ここで腹の虫が悲鳴を上げでもしたら最悪の事態だ。十分も歩けばコンビニがあるし、せめて財布を持ってくるべきだった。
これではこいつの思うつぼみたい。ますますムカついてくる。イライラする。こいつはつくづく、あたしを怒らせる才能に満ちている。
「あんたにあたしの何がわかるのよ」
シカトしていなくなりたいけど逃げ出すのも癪で、いつものように腕っぷしの喧嘩をしかけるには疲れすぎていた。八つ当たりだ。欲しいものが手に入らなくて、輪投げの屋台の店先で延々と駄々をこねているみたい。

「うん、わかんねぇや」
そう言って、ヒデはブランコを漕ぎ始めた。
ゆらゆら、ゆらゆら、揺れる振り子が弧を描く。
粗末な腰かけの上からはみ出した小さな膝が伸びるたび、振幅が大きくなっていく。
飛び出すための助走をつけるみたいに、少しずつ頂点を更新しながら何度も前後に往復する。
錆びたチェーンがぎしぎし鳴る。
ゆらゆら、ぐらぐら、あやうい動作で前へ前へと。
「わかんねぇけど、きょうだい、じゃん! あ、こういうとき、きょうだいって、いいな」
座ったまま漕いでいるかと思ったら、いつの間にか立ち漕ぎだ。
背筋をいっぱいに伸ばして、飛ばされないようにチェーンを握って。
ゆるい屈伸を繰り返す。まるで空を目指すように。

「はぁ? さっきから何言ってんの? これだからボキャブラリーが貧相なガキは」
「なんか! スゲェ! バカにされてるのは、分かる……!」

悔しがる衝動がそのまま遠心力に変化するようだ。
ここへきた目的も忘れたのか、ヒデはブランコを漕ぐのに熱中している。一回転、なんてできるわけもないのに、ぴんと伸びた足の先がひたむきにてっぺんを目指し続ける。
背中のあたりがむずがゆい。身体の中で持て余したエネルギーが行き場を求めてくすぶっている。怒りとか、悲しみとか、慟哭、そういう名前のついたやつ。気づけば両足を地面から離して、あたしもブランコを滑らせていた。うまく漕げるか不安だったけど、自転車のようなもので、一度身体にしみついた動きは細胞のひとつひとつが覚えているみたいだ。伸ばした脚が、踏ん張る腕が、久しぶりの刺激を受けて色めき立つ。
そうしたらもう止まらない。
一直線に月まで飛ぼう。くんっと立ち上がって、思い切りよく踏み出す。最下点で腰を大きく振って、体重を乗せた動きになる。
途中、そうだ、スカートだったと思い出して、短パンで近所のバカどもを率いて連れ回していた小学生じゃないんだと噛み締める。スカートといっても膝下までの、校則で決まったダサい長さだ。下には体操着のハーフパンツもはいてきた。だから、いいんだ。今は。今くらいは。
あたしたちは二人で競うようにブランコを漕いだ。
汗をかいた。湿ったキャミソールが背中にべったり張りついている。
一直線に並んだまま、徐々に速度が落ちて、最後にはどちらともなく静止する。

「さっきの、なによ?」
「んあ?」
「だから、さっき、いいなって。どういう意味?」
妙な表現に聞こえて引っかかった。だから聞いた。
ヒデは自分で言ったことに少しだけ照れたような仕草でぼそぼそ喋る。
「だって、オレもわかんないけど、いいなって思ったんだよ。ゆりっぺバカだからな」
「バカって言う方がバカだばーかばーか」
「今バカって四回言った! ゆりっぺのがバカだな! バカ!」
「あんたも今通算五回言ったわ、五バカね五バカ」
「はあー!? それ言ったらゆりっぺも、いち、に、さん、し…………何回言った?」
やっぱりこいつは馬鹿だ。呆れてものも言えやしない。
丸みの抜けない指を折って数を数える、こいつを見ていると肩の力が弱まっていくようだ。毒気を抜かれる、そういう感じ。

運動をして、温まった身体は重たい胃の中身を全部消化しきったようで、だからだろうか、家での出来事を比較的さめた気持ちで思い出していた。
「…………あんたのせいで汗かいちゃった。なんで来たのよ」
母親とひどい喧嘩をした。
きっかけはほんの些細なことで、それが次第にエスカレートして頭に血が上った結果、あたしはありったけの罵詈雑言をぶつけてから家を飛び出した。大人は『よくある反抗期』だなんて言うけど、冗談じゃない。あたしにとっては死活問題だっつーの。
行き場をなくして後悔もしたけれども啖呵を切った手前そうそう帰れない。あたしは勝手に家出をして、勝手に捨てられた気になっていたのだ。

「ばかだなぁ、ゆりっぺは」
その通りかもしれない。でもこいつに言われるのは我慢ならない。
むっとして言い返すよりはやく、そいつは先手を打ってきた。

「俺がゆりっぺのこと見捨てるわけないだろ」

そんなこと聞いてないわよ、とか。
そんな台詞どこの漫画で覚えてきたわけ、とか。
減らず口を全て忘れてきたみたいに、あたしは何も言えなくなった。
こいつは時々、すっと胸の内に分け入ってくる。自慢できるほど身も心も頑丈なはずなのに、どこにそんな隙間があったのかと思う箇所に、ピンポイントに。
「帰ろーぜ」
ブランコから降りて、ヒデはあたしの正面の道を塞ぐように立つ。仁王立ち。伸ばされた手は赤錆がこびりついていて汚い。
あたしはそっぽを向いたまま、うんと頷く。

「あたしは見捨てるわ。馬鹿なことしたら即解散よ」
「きょうだいって解散できるのかよ?!」
「できるわ。知らなかったの? 今年度から新しい法律が施行されたの。ああ、あんたアニメばっかでニュースみないもんね」
「マジかよ?! 明日からニュース見る! あ、法律ってよくわかんないから、ろっぽうぜんしょ? とかも読んだほうがいいか?」
「そうね。お年玉で買ったら?」

ちょろい、すっかり騙されてやんの。ざまあみろ。
傾いた日を受けて、公園の木々の影はブランコの支柱ごと飲み込むほどに大きくなっていた。そろそろここにも居られない。じきに夜がやってくる。
あたしは伸ばされた手を取って、繋いでやることにした。汗か涙か洟水かよくわからない汁で湿っていたけれど、ヒデは気にも留めないだろう。あたしもこいつなら気にならない。


二人して小学校に通っていた頃はいつもこうして歩いた。中学へ上がって学校が反対方向になってからは登下校時に手も繋ぐこともなくなった。こいつもあと数年したら、たちまち嫌がるのだろうと思ったら少し惜しい気もする。
ついこの前、最後に手を繋いだのは確か、夏祭りの時だった。
学区の神社の境内、祭りのあとの夜、寂しさと高揚でぐちゃぐちゃの心。提灯の明かりに目移りしている弟の手を引きながら、慣れない下駄に靴擦れした足を引きずって帰り道を探していた。ソースの焼けるにおいで充満した参道に所狭しと屋台が立ち並ぶ。なかでもヒデが目を奪われたのは射的の出店だった。雛壇に並ぶぴかぴかの景品を見たからだ。
ゲームは全般的に得意だけど、射的には格別の自信がある。小学校の頃からクラスの男子に負けたことはない。物理的に倒れないはずの的を落としたせいで、屋台のおっちゃんを泣かせたことは何回もあった。
そうして見事に撃ち落とした景品のゲームソフトは、ほとんど漏れ無くこいつのお宝リストに加わっている。
ノケモノモンスターの最新版もヒデがねだるからゲットしてやった。ほんとはあたしはモノハン(正式名称はモノノフハンター。中高生から大人に大人気のあのゲーム。)が欲しかったのに。

こいつといると、いつもあたしばかりが割を食う。事例は覚えているだけでもたくさんだ。
お気に入りのカチューシャをこいつに壊されたこと。
新品をねだったらお姉ちゃんなんだから我慢しなさいと言いつけられたこと。
友達と遊びたかったのにこいつの面倒を見ていなきゃいけなかったこと。
母さんをとられた気がして、悔しかったこと。
――ヒデが産まれてあたしの後ろをついてきて、これまでの人生で一番、心がほっとしたこと。

でも、このあたしの一番がこのクソ生意気な弟に独占されっぱなしなんてのは由々しき自体だから、近いうちに塗り替えてやるんだと決めている。
中学では巡り合わせがなかったけど、高校では釣り合うくらいカッコイイ彼氏を見つけてやる。制服はセーラー服がいいな。スカートも短くしたい。二―ソックスが似合うくらい。
新しい友達もつくろう。髪の長い女の子がいい。一緒にショッピングに出かけられるような静かでカワイイ子。

妄想は尽きなくて機嫌がいい。
卒業まではまだ時間もたっぷりある。だから、許してやろうと思えるのだ。目が離せないところがある奴だし、当面はお姉ちゃんでいてやろうかとも。
こんな風に優しい気持ちになれるのは、あたしたちの知らない世界で神様がこんな運命の糸を編んだせいだろうか。もしくは遠い場所にいた誰かの祈りが叶ったのかも。
町かどでカレーのにおいを嗅ぐ頃にはすっかりお腹が減っていて、テーブルを囲むのが待ち遠しい。ただいまを言おう。それから、言い過ぎたことはごめんなさいも。あたしはもう、ただ強がっているだけの女の子じゃないんだから、素直にありがとうも言えるんだ。
夏風が涼しい。凶暴だった日差しも今だけは夜をむかえる支度で静かだ。そういえばまた、門限も破って向かえに来てくれたのだと思い出す。

隣を歩く幼い顔立ち、握っている丸みの残る手のひら。
――まだ、こいつには早いけどね。

いいことだなんて思った試しはないけれど、こいつはあたしの傍にいて、それはこれから先も、たとえ離れても、ずっと解消されることのない繋がりのままで有りつづける。
それはどうしてか、あたしを無敵にするようだと気づいた口元のゆるみがバレないように、夜道、口笛を吹いて歩いた。



fin.


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